『災 劇場版』を徹底考察!男の危険な正体にギリギリまでせまってみた

『災 劇場版』面白かったけど、結局あの「男」が何者だったのか、いまいちつかめなかった。

見た人によって解釈が別れそう。他の人があの映画をどう見たのか知りたい。

この記事は上記の要望にこたえます。

あの「男」は反則級の怖さです。

何が怖かったって、得体の知れない存在感もさることながら、要所要所で変な間を作るところ。

息できなくなりますよ。あんな間で見られたら。

そんなあの「男」は結局何者だったのでしょうか。気になっている人は多いはず。

僕もあの男の正体について徹底的に考えてみたんですが、奴は「人外」だと思うんです。

なぜ僕が男を「人外」だと思うのか、その理由も含め、本作の考察結果をお話してみたいと思います。

この記事でわかること
  • 男の正体は人外。そう感じた3つの理由
  • 人は理由もなく死ぬことはある
  • 男の正体を暴こうとしてはいけない
  • 他殺死体だったジムのインストラクターの謎

友達とおしゃべりするような感覚で気軽に読んでいただき、楽しい時間を過ごしてもらえれば嬉しいです。

【注意】ネタバレを含む記事です!

目次

【災 考察】こんな話でした

誰もが、

自分には

関係ないと思っていた。

家族や進路に悩む女子高生、ある過去を抱えた運送業の男、

冴えないショッピングモールの清掃員と理容師、負債を抱えた旅館の支配人、平凡な主婦。

ある日、彼らのささやかな日常が、なんの前触れもなく不可解な〝災い〟に襲われる。

警察にはすべて自殺や事故として処理されるが、何かがおかしい。

刑事の堂本だけが妙な気配を感じ取り、災いの真相に迫っていく。

一方でその災いの周辺には、いつもある「男」が紛れ込んでいた―。

引用元:映画『災 劇場版』公式

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【災 考察】男が人外である3つの理由

この映画を見た人がまず思うことは「結局あの男は何者?そもそも人間なのか」ということではないでしょうか。

いろいろな考察があると思いますが、僕はあの男は人間ではない「人外」であると考えています。

そう思う3つの理由は以下です。

理由1:証言が一切出てこない不自然さ

作中では最後のスポーツジムのインストラクターの事件を除き、どの案件でも一切、他殺を疑うような証拠も証言も出ていません。

ただ、それはあまりに不自然ではないでしょうか。場合によっては男と亡くなった人物が親しい間柄になっている場合もあります。

例えば親子関係と進路に悩む女子高生の場合、男が女子高生を車で自宅に送り届けるシーンがあります。

自宅までの車の中で彼女は進路の悩みを男に打ち明け、それに対して男は優しくアドバイスまでしていました。

業務中の飲酒運転で事故を起こした過去を持つトラックドライバーの男性の場合、男は男性になれなれしく近づき、過去の事故のことや別居している奥さんのことをずけずけと聞いていました。

最初は訝しんでいた男性も、男に対して段々と心を許すようになっている様子でした。

もし男が人間ならば、亡くなった人たちと親しい間柄になっているにもかかわらず、男に関する証言が周囲から出てこないのは現実的に考えにくいです。

少なくとも、亡くなった人の関係者から「最近、男に熱心に勉強を教えてもらっている姿を見た」とか「休憩中に仲良く話していた」といった証言が出ていてもよいのではないでしょうか。

理由2:防犯カメラに映らない存在?

親子関係と進路に悩んでいた女子高生。彼女はスーパーで母親が万引きしているところを目撃し、それを止めようとした時に男に肩を叩かれます。

その後男の車で自宅まで送ってもらい、翌朝、自宅のマンションから飛び降りた死体となって発見されました。

この一連の行動、普通ならどこかの防犯カメラに男と女子高生が一緒に映っていると思います。

堂本刑事(中村アン)はこの女子高生の件は絶対自殺ではないと執拗に捜査を続けていました。

それはもう真夜中まで残業して、過去にアメリカで起きた犯罪に関する論文を読み込んだりするほどの熱の入れようです。

そんな堂本が自殺した女子高生の当日の足取りを調べず、防犯カメラの記録も確認していないとは思えません。

おそらく堂本は足取りも防犯カメラも徹底的に確認したはずです。それでも男が特定されていないのは、「そもそも映っていなかった」正確には「映るべきはずなのに映っていなかった」のではないでしょうか

理由3:他人に認識されない存在

業務中に飲酒運転事故を起こした過去を持つトラックドライバーの男性に近づいていた男。

ある時、新人女性ドライバーの補助でトラックに同乗していた男性と男が、たまたま居合わせたパーキングエリアで談笑するシーンがありました。

そのシーンの中で男は、用事を終えてトラックに戻ってきた新人ドライバーの女性にすれ違いざまに手を振って挨拶します。

しかし、女性は「誰あの人?」みたいなリアクションをしていました。

これも不可解な話です。あんな明朗活発な性格の男のことを、男性以外の従業員が認識していないということがあり得るでしょうか。

このシーンを観て、男はドライバーの男性以外の人にとって、何となくその場にいるが明確に誰と認識できない、空気みたいな存在であることを示唆しているように僕は感じました。

以上3点から僕は男のことを人外であると結論づけました。

【災 考察】男は登場人物たちを楽にしているだけ

本作を観終わった後、僕はあの男が亡くなった登場人物たちに直接手を下している、あるいは死ぬことをそそのかしているのではないかと考えていました。

しかし、男が直接手を下した、そそのかしたという明確なシーンはありません。それにどうも感覚的に違和感が残るんですよね。

逆にあの男はただ、亡くなった登場人物たちがふっと楽になる雰囲気を作り出しているだけで、最終的に死を選んだのは本人の意思だったと考える方が自然でしっくりくるんです。ただこれを裏付ける明確なシーン・根拠もありません。

根拠のない考察とはいかがなものかと思いますが、僕はあの男が出会った人に寄りそい、気持ちを楽にしているだけとしか思えません。

【災 考察】魔が差す

「人は理由もなく死なないので」

女子高生の死は絶対自殺ではないと執拗に捜査しようとする堂本(中村アン)が、自殺の線で間違いないと宥める先輩の飯田(竹原ピストル)に放った言葉です。

この発言は本作のテーマでもある「人はある日突然、何の前触れもなく災に襲われる」に対するアンチテーゼであり、堂本 ”災” に抗い続ける原動力になっています。

しかし、僕は実感として思うんです。人が理由もなく死ぬことはあると。

そう思う理由として、僕自身が経験したヒヤリとした出来事があります。

四ツ谷駅で魔が差しかけた話

30代前半の頃、仕事が忙しく毎日残業続きで、肉体的にも精神的にも疲労困憊している時期がありました。

仕事が落ち着き、心身に余裕ができたある日、東京のJR四ツ谷駅のホームで帰りの電車を待っていると、ふと目の前の線路が気になったんです。

それで線路沿いに近づきホーム下に伸びる線路を覗いてみると、他には何もなく静けさが漂っていました。

左側を向くと電車はまだ来ていません。

線路をしばらく見ていると、JR中央線沿いは線路への飛び込み自殺が多い場所で有名だったことを思い出し、「楽になりたくて、ここから飛び降りる人もいるんだな…」などとぼんやり考えていました。

すると何か線路にすぅと引き込まれるような、誘われるような感覚がして、思わずほんの一瞬、線路沿いに歩を進めかけたんです。

その瞬間、我に返り「あかんあかん、ダメダメダメ」と自分をホーム側に引き戻せたのですが、あれはさすがに肝を冷やしました。

心身ともにいっぱいだったところから少し余裕ができた時に、ふとよからぬことが頭をよぎることがある。

こういうのを「魔が差す」と言うんだなと、身をもって知った出来事でした。

魔が差した時、僕は立ち止まることができましたが、そのまま歩を進めてしまった人も現実にいるのではないかと思うんです。

そして、本作に登場し亡くなってしまった登場人物たちもまた、”歩を進めた” 側の人だったのではないでしょうか。

【災 考察】真相に近づいたものには死が訪れる

物語終盤。飯田刑事(竹原ピストル)は、数年にわたり全国各地で不定期に起こっている、死体の髪の毛の一部が切り取られている不審死について、あることに気づきました。

それは、事件が起こったすべての場所に「男」がいたこと。

さらにその男が今、自分が働いている警察署内で働いていることも突き止めます。

ある時、飯田は平然を装って男に近づき、世間話をして探りを入れます。

しかし、そのすぐ後、飯田刑事が署内のトイレで首を吊って死んでいる所が発見されました。

この飯田の死は、それまでに登場し亡くなった人物たちとちょっと違う点があります。

他の登場人物たちは自身の人生で思い悩む中、ふと希望が見えた直後に死に至っているのに対し、飯田刑事の場合は特に自身の人生の中で思い悩んでいる様子は描かれておらず、男と会った直後に死んでいます。

なぜ飯田は死んだのか。

もしかすると男は、この世に存在する”超自然的な現象”であり、なんびとも絶対に知ってはいけない”アンタッチャブル”なのではないでしょうか。

飯田は、そのアンタッチャブルを明らかにしようとしたために、何らかの力が働いて死を迎えてしまった。

あくまで推測に過ぎませんが、僕は飯田の死について”禁忌”を犯す者への警告のようなものを感じました。

【災 考察】魔が差すのは死ぬ人間だけではない

これまでの登場人物がすべて事故や自殺で処理されたのに対し、最後のスポーツジムの男性インストラクターだけは、明らかな他殺の跡があり、殺人事件として捜査されていました。

なぜ最後だけ他殺なのでしょうか。

この事件、男の登場によって”魔が差した”のは殺された男性インストラクター(被害者)ではなく、殺した側(加害者)という可能性も考えられます。

以下は僕の推察です。

推理

加害者は被害者に対しなんらかのネガティブな感情を抱いていた。ただ、殺意を持つほどの感情ではなかった。

加害者はジムに泳ぎに来ているあの「男」と顔見知りになる。

ある日、殺人現場となったジムのボイラー室で、加害者は被害者とふたりきりになった。

ふと脳内によからぬ考えが浮かぶ。「今ここにいるのは被害者と自分のふたりだけ。ふたりきりでここにいることを、自分たち以外誰も知らない。防犯カメラにも映らない場所。今被害者を殺したとしてもバレない…。こんなチャンス、二度とないかもしれない」

魔が差した犯人は、衝動的に被害者を手にかけた。

他の映画やドラマでもこういう衝動的な殺人は描かれていることから、あり得ない話ではないと僕は考えています。

おそらくこの加害者もあの男と面識があるのでしょう。

もしかすると犯人は、作中に登場している人物かもしれません……。

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【災 考察】まとめ

今回は『災 劇場版』を考察してみました。

個人的に最後まで謎が明らかにならない作品というのは、観た後も想像を広げてあれこれ考えられるので好きです。

まったくの余談ですが、この作品を監督した平瀬謙太朗さん、裏方なのにめちゃめちゃお肌が白くて綺麗ですよね。

僕は男ですが、平瀬さんにどんなスキンケアをしているのかいつか聞いてみたいと思っています。

男も美容に気を使う時代ですからね。

ではまた!

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