
川上未映子さんの『黄色い家』が面白かったので、他の人の感想や考察を見て、さらに作品を楽しみたい!
この記事は上記の要望にこたえます。
今回は川上未映子さんの『黄色い家』の感想・考察記事です。
単行本で600ページ越えの長編でしたが、個人的にとても読みやすく、スルスルと読みすすめられました。
それでいてリアルに情景がイメージでき、印象深いシーンもたくさんありました。
そこで、個人的に面白かった場面をピックアップしてご紹介したいと思います。
- 個人的に感動した場面3選
- 個人的に笑えた場面3選
- 個人的に説教したい人4選
友達とおしゃべりするような感覚で気軽に読んでいただき、楽しい時間を過ごしてもらえれば嬉しいです。
【注意】ネタバレを含む記事です!
【川上未映子『黄色い家』 考察・感想】こんな話でした


2020年春、惣菜店に勤める花は、ニュース記事に黄美子の名前を見つける。
60歳になった彼女は、若い女性の監禁・傷害の罪に問われていた。
長らく忘却していた20年前の記憶―貴美子と、少女たち2人と疑似家族のように暮らした日々。
まっとうに稼ぐすべを持たない花たちは、必死に働くがその金は無情にも奪われ、よりリスキーな”シノギ”に手を出す。
歪んだ共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解へ向かい……。
引用元:中央公論新社『黄色い家』帯のあらすじ
【川上未映子『黄色い家』 考察・感想】個人的に感動した場面3選


まずは感動した場面。
本書はシリアスに展開していく物語の中で、胸を打つ場面がたくさんありました。
特に胸を打たれたのは以下の3場面。
-
- 青春を知った花
- 黄美子さんの右手
- 母親の遺品
1つずつご紹介します。
青春を知った花
そしてわたしたちは友達になった。
「れもん」以外でも会うようになり、プリクラを撮り、マクドナルドでだらだらとしゃべり、いろんなところで、いつまでもいろんな話をした。
黄美子さんともご飯を食べ、休みの日は琴美さんがそこに交じることもあった。(中略)
真夜中、いろんな光があちこちで瞬いてみせる三軒茶屋で、ファミレスから五人で通りにむかって歩くとき、わたしはふいにしあわせを感じて立ち止まり、胸をおさえた。青春みたいだと思った。
引用元:中央公論新社『黄色い家』 173P
貧乏な家庭に生まれ、母親ともあまり一緒に過ごせず、ずっと孤独に暮らしていた花。
学生時代もまともに友達ができず、貧乏から抜け出すために必死にバイトをしてお金を貯めていましたが、そのお金も失ってしまい、途方に暮れていました。
そんな辛いところから黄美子さんや琴美さんと出会い、蘭、桃子という心通じ合う友達ができ、楽しくキラキラした毎日を送れるようになった時に、花がふと幸せを感じる場面です。
まるで厳しい冬を乗り越えた植物が、葉や花びらを広げて春の陽光を全身で浴びて、生き生きと輝いているような印象を受けました。
この場面にいたるまでに花の辛い人生を見てきたいち読者として「花、辛い思いしてきたけどよかったな!」と自分まで嬉しくなり、なにかグッとくるものがありました。
黄美子さんの右手
ちゃぶ台にたこ焼きを広げる黄美子さんの右手の親指には、映水さんが言ったとおり、小さな楕円の、青っぽいあざのようなものがあった。おいしいねえ、とわたしは言って、たこ焼きをふたつ口につめこんだ。
「あれ、花、何で泣いてるの」
「えー」わたしはごまかして言った。「えー、涙でてる?」
「涙出てる」黄美子さんが不思議そうに言った。「涙でてるよ。なんかあったの」
「なんもないよ、おいしいなって、思ってさ」
「そっか」黄美子さんが笑った。
引用元:中央公論新社『黄色い家』228P
花は映水から黄美子さんの生い立ちと彼女がいわゆる(※)境界知能の人間であることを聞かされ、ショックを受けて帰宅します。
花が帰宅すると、黄美子さんは相変わらずふきんで部屋の壁を拭いていましたが、花の姿を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきて、たこ焼きを買ってきたから一緒に食べようと誘った時の場面です。
黄美子さんは親からまともな愛情を受けておらず、つらい子供時代を送っている。境界知能の領域にいるために色々な苦労もしている。
それなのに、自分よりもずっと厳しい人生を送ってきたはずなのに、自分を救ってくれた。今もこうして自分に優しくしてくれている。
黄美子さんを思う気持ちで胸がいっぱいになり、あふれでる涙を必死でこらえる花に感情移入せずにはいられませんでした。
人の優しさに触れた時の、言いたいことが思いとなって心からあふれだす、その思いでどうしようもなくなる、そんな花の気持ちに触れて僕の心も強く揺さぶられました。
母親の遺品
カラーボックスのうえには百円ショップで売っているようなプラスティック製の写真たてがあり、タータンチェックのワンピースを着てピースサインをした小さなわたしが、笑顔の母の膝に座って笑っている古い写真が飾られていた。
そしてその横にボール紙でできた卓上の引き出しがあり、白い封筒が入ってあった。
鉛筆の薄い小さな文字で「花ちゃんにわたす用」と書かれてあり、なかにはほとんどが皺のよった千円札で、ぜんぶで七万三千円が入れてあった。私はきつく目を閉じた。
最後にあったのはいつだったか。最後に話したのはなんだったか。母親はどんな顔をしていたか。
何度か着信があったのに、わざと出なかったこともあった。
わたしになにか話したいことがあったのかもしれなかったのに。
声を聞きたいと思ったかもしれなかったのに。
あのときも、あのときも、時間はいくらでもあったのに。
笑顔ばかりが思い出されて私は膝を抱えて泣いた。
引用元:中央公論新社『黄色い家』580P
母親が亡くなり、遺品整理をするために母親が住んでいたアパートを花が訪れる場面。
昔、補正下着を売るビジネスに手を出して失敗し、花から200万円の借金をしていた母親はそのことを忘れておらず、なけなしの収入から少しずつ返済するためのお金を貯めていました。
これはあかん、卑怯。こういう母親ものとかはあかんよ。
この場面を読んだ時はもう涙がとまりませんでした。
今後僕は、(※)北の国からの「泥のついた1万円札」に加えて、黄色い家の「皺のよった千円札」を思い出す度に泣くことになるでしょう。
【川上未映子『黄色い家』 考察・感想】個人的に笑った場面3選


続いては笑った場面。
本書には泣ける場面がある一方、笑える場面もありました。
そこで、個人的に面白かった場面を3つピックアップ。
-
- トロスケを脳内でボコる花
- 思春期女子の妄想
- 胡散臭い男、ニャー兄
1つずつご紹介します。
トロスケを脳内でボコる花
トロスケ―その忌々しい音が頭の中に響くと反射的に奥歯に力が入り、こみあげてくる怒りと嫌悪で息が苦しくなるほどだった。
そんなときわたしは、喉のあたりに渦巻くそれを、トロスケのあほみたいな髪型やキーホルダーやわたしのクッションを踏んでいたかかとなんかの残像とともに引きずり出して、足でだんだんと踏み潰したあと、蓋の上の漬物石でめためたに殴ってやるのだった。
引用元:中央公論新社『黄色い家』119P
実家にいた高校時代、ファミレスのバイトで必死に稼ぎ、たんす預金していたお金を紛失してしまった花。
花は、当時母親の恋人だったトロスケが、母親とのいざこざで自分の部屋に押しかけた後お金がなくなったことから、トロスケが盗んだのだと断定していました。
上記はそのトロスケを脳内でボコボコにする場面。
ムカつく人を脳内でボコボコにする、僕もたまにやるので、花の気持ちがすごいわかります。
脳内でボコボコにすると気持ちがスッとして怒りがおさまり、冷静になれるんですよね。
トロスケを殴る時に漬物石を使うというのも面白かったです。バットや何かの鈍器ではなく、漬物石という、殴られたら恥ずかしいもので殴るところにも、花の怨念が込められているのではないでしょうか。(苦笑)
あと「めためたに」という言葉を使う人を見たのはジャイアン以来でした。
思春期女子の妄想
その夜、夢にレオナルド・ディカプリオが出てきた。わたしは暗黒の海を割って進む巨大な豪華客船のデッキの先端にいて、世界の終わりについて話をしていた。
(中略)《僕はこれから、あの贅沢でわがままな女の子を好きになって死ぬことになるけど、それは僕が決めたことじゃないからね》レオ様は言った。
(中略)《そうだよ。僕はあんな女の子、ちっとも好きじゃないよ。人生について、人間について、悲しくなるほどなにも知らない、脳みそが綿菓子と砂糖水でできているようなあんな女の子のことなんか》
わたしが黙っていると、レオ様の澄んだブルーの瞳がちらりと光り、それからわたしをまっすぐに見つめた。
《僕は知っているよ、きみがどれだけ頑張り屋さんかっていうことを。そしてきみがどんなに賢くて素敵な女の子なのかってこともね》
わたしはレオ様の言葉に震えるような満足を覚え、目に涙を浮かべて身悶えるような快感を味わっていた。
引用元:中央公論新社『黄色い家』145P
蘭と映画『タイタニック』を観に行った夜、レオ様(レオナルド・ディカプリオ)の夢を見た花。妄想が爆発しています。
最近ではこんな妄想をする人を「夢女子」と言ったりしますが、それにしてもなんかちょっと馬鹿みたいな妄想ですね。(苦笑)
その馬鹿みたいな妄想で身悶えるような快感まで味わっているので、これは恥ずかしすぎます。
絶対他人にはバレないように隠しておかなければならない”恥部”だと個人的に思いますね。
胡散臭い男、ニャー兄
「僕はね、彼女たちを尊敬してるから……。真のウォーリアーだと思ってるよ。戦後の古臭い二項対立にすがりきって講釈たれるか説教するしか能がない、偉そうなおっさんどもに買われていると見せかけてそのじつ非常にクレバーに利用して、ご都合主義まるだしの自虐史観に真正面から蹴り入れて、現実と虚構における正当なルサンチマン、つまり価値転倒をいちおうは社会規模で実現させちゃったんだから」
「どういう意味ですか」思わずわたしは浮かんだ疑問を口にした。
「いや……いま言ったとおりの意味だけど」ニャー兄は短く咳払いをして言った。
中央公論新社『黄色い家』163~164P
桃子と一緒にれもんを訪れた自称ライターのニャー兄が、花と蘭に対して、得意げに女子高生論を語る場面。
上記場面の前に、ゴーストライターとしてベストセラーを出したとか、有名な誰々に取材したとか、有名なバンドの知り合いがいるとか自慢気に語っていますが、そこからすでに胡散臭さ満載です。
僕もニャー兄みたいな人にときどき出会います。「おれはこんなすごい人とつながってるんだ」と自慢する人。話せば話すほど鼻白み、怪しく見えてきます。
あとニャー兄みたいな人は独特のファッションセンスを持っていたりするので、それがうさん臭さに拍車をかけています。
上記の場面ではニャー兄がよくわからん理屈を得意げに披露し、花に「どういう意味ですか」つっこまれているところが絶妙に面白かったです。読者も含め聞いている人全員が思っていたことでしょう。
ツッコミを入れられた後、自分が語ったことを自分でもよく分かっていないため、たじろいでいるニャー兄の反応もウケますね。
やっぱりニャー兄みたいな人は常に疑いの目で見ておいた方がよさそうです。
【川上未映子『黄色い家』 考察・感想】個人的に説教したい人4選


本作にはかなり個性的というか、おかしな登場人物が色々と登場しました。
個人的に「これは本人に直接説教してやりたい!」と思った人たちがいたので、これからちょっと説教してみたいと思います。
対象は以下の4組。
-
- ニャー兄
- トロスケ
- 桃子の妹(静香)
- 花・欄・桃子
一組ずつ説教していきます。
ニャー兄:完全にアウトや
ニャー兄よ。
君は女子高生だった桃子を連れ回し、花と蘭が働くスナック『れもん』で酒を飲ましてたな。
30過ぎのおっさんが未成年の女の子を連れ回し酒を飲ませるのは、今ほど規制が厳しくなかった90年代でも完全にアウトや。
今すぐやめなさい。さもなければ捕まるぞ。
女子高生になりきって書くとかいう変態小説は、これまでの取材と妄想でなんとか描き切りなさい。
一応気になるので出版されたら読みます。
トロスケ:髪切ってまともに働け!
トロスケよ。
お前が花の金を盗んだかどうかはわからんから、今さらどうこういうつもりはない。
ただ花と再会した時、よれよれのシャツを着て、襟足だけ伸ばした変な髪型をハゲ散らかして、電柱に寄りかかってヘラヘラ電話してたよな。
お前は一体何者だ。ちゃんと定職について働いているのか。たぶん働いてないだろ。
まずその変な髪型をまともなのに変えろ。評判悪いぞ。
よれよれのTシャツは捨てろ。で、ちゃんとした定職につけ。
桃子の妹:人間性みがく前に歯みがけ!
桃子の妹(静香)よ。
花と蘭と桃子、黄美子さんが住む家に、桃子が作った売掛金を回収しに来た時君を初めて見たが、正直相当キツかった。
まず歯が汚い。無精で歯を磨いていないから、遠巻きからでも黒ずみがわかるぐらいめちゃめちゃ歯が汚い。
その汚い歯のせいで体型はともかく、美人な顔が台無しになっていることに早く気付いた方がいい。
あとピンポンのチャイムを連打したり、桃子と話をしている様子を伺っていた花や蘭に「なんすか」と威嚇して舌打ちしたり、黄美子さんを見て「大人っていうか、ばばあもいるんだ」と口汚くののしってみたり、人間性にも難があると思う。
ただ、人間性を磨く前にまず歯をみがけ。話はそれからだ。



お風呂で歯みがきすると時短できるし、習慣にしやすいネ!
花・欄・桃子:ジン爺をなめすぎ
花・欄・桃子よ。
君らはジン爺をなめすぎや。
君らはジン爺が借りていた賃貸物件の壁に黄色いペンキを塗り、そのまま直さずに出ていったな。(黄美子さんが修繕費を立て替えて退去したのかはわからない)
わかってると思うけど、借りている物件の壁を勝手に塗り替えたりしたらあかん。
ジン爺は借り手がつかず潰すしかないボロ物件といっていたし、多分そんなに怒ってないとは思うよ。
でも「ジン爺だったら許してれるし大丈夫でしょ」みたいな気持ちはぜったいどっかにあったよな。
もしもヴィヴさんとか映水さんから借りている物件だったら、壁を塗り替える前に許可をとるか、塗り替えてしまった後に謝罪し、修繕してから出ていったんじゃないか。
完全にジン爺を人の良いジジイだと思ってなめてたな。
今度機会があったら、ジン爺の墓前に手を合わせて謝っとけよ。



勝手にジン爺を殺すんじゃねー!
【川上未映子『黄色い家』 考察・感想】まとめ


今回は『黄色い家』の考察・感想を語ってみました。
ちなみに本作は読売新聞で連載されていた作品で、連載中、多くの読者から感想が寄せられていたみたいです。
世の中の様々な境遇の人たちが本作をどう見たのか。ぜひ伺ってみたいですね。
ではまた!
X(旧Twitter)でも様々な作品の感想や紹介をつぶやいていますので、よかったらのぞいてみてください。
今回の記事に関連した、おすすめ記事をピックアップしてみました。
\こちらの記事もおすすめ/


楽しい記事になっていますので、よかったら見ていってください。



気軽にリラックスしてみれるよ!